個人的なJA1AMH高田さん追悼

著作権的に問題はあろうとは思いますが・・・旧電波新聞社さんがこの辺りの記事のまとめを発行もしてくれそうにありませんし、一部不明瞭でコピーであることもはっきりしていると思いますので掲載に踏み切ります。

問題がある場合は、権利者あるいは権利者の法的な代理人の方から公式にご連絡ください。取り下げます。

私がJA1AMH高田OMのお名前を知ったのは、小中生向けに刊行されていた「ラジオの製作」誌の一連の記事でした。私がこの雑誌を買っていたのは、アマチュア無線の資格を取るちょっと前の1976年1月号頃から1978年2月号まででした。その間、付録の「無線従事者国家試験申請書」は2回使用しました。1977年の電話アマ試験と、受験放棄となった1978年4月期の電信アマ試験です。1977年1月号頃からCQ誌とラ製の両方を毎月買っていたのですが、BCLから段々離れていったためCQ誌だけの購読にしたのが1978年でした。(開局1977/9でした)

話が逸れてしまいましたが、当時のラジオの製作は、高田OMの他JH1FCZ大久保OMの記事もあり、個人的には紙面の感じが初歩のラジオよりも好きだったので、「ラ製派」だったといえると思います。

JA1AMH高田さんといえばミズホ通信の社長さんとしても有名で、BCLから入った私は「アンテナカプラーほしいなぁ」とか「デジタル周波数マーカー欲しいなぁ」などと憧れた物でした。

自宅にありましたラジオの製作1978年2月号に、高田さんが執筆された記事がありましたので、その1ページ目だけスキャンを載せます。(改ページ)

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BCLの山田先生といえば・・・

先年他界されたそうです。電波新聞社の「BCLマニュアル」・・・もってました。バイブルでした。親に割と最近捨てられてしまいました。

さて、実家で本を探してたらこんなものが出てきました:

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BCLブームでいろんなものがでてましたよねー。

タイプライターなんてものももってなかったし、受信報告書といえば便せん形式のこういう市販のやつとか、販促品としてソニーとか松下(ナショナル)が配布してたのをよく使ってました。

しかしこんな市販品を買って持ってたってのはケロっと忘れてました。さきごろ廃業されたアド・カラーさんの製品で、山田先生監修です。当時にしては結構お値段高いな。JARLのログブックが200円の頃です。葉書20円?封書50円?航空便がアジア80円?そんな頃です。

そして私が無線の免許をとって、ちょうどBCLから無線に切り替わった頃のラジオの製作です。多分これが最後に買った物だと思います。

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この号には高田先生(JA1AMH)の「ナゾのトライアングルアンテナ」の第二回、アンテナカップラーの記事が出ていました。著作権的にはスキャンしたのを載せちゃうとまずいのですが・・・でも電波新聞社さんも復刻記事出してくれそうにないし・・・のせちゃうかなー?

ただ複合機でスキャンで、あまり強く開くと綴じがバラバラになりそうなので、とじ目近くがぼけた画像になりますが・・・ニーズあるかな。